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日々のこと、思ったこと書いていこうかな

樹木希林さんは、、、、

紫原明子氏のエッセイを読んだ

樹木希林さんは、あれからどこへ行ったのか」

            (東洋経済ONLINE 「はじまりの食卓」紫原明子

 

子どもが親を亡くす不安、

息子が年長さんだった頃、私が死んでしまうのを凄く不安がっていたことを思い出した(たしか、TVで親とはぐれたペンギンを観てからか)私はまだ若かったし、娘は赤ちゃんだったし、漠然とまだ死なない、病気にもならない、事故にも遭遇しない自信はがあったからだろう

「おかあさんは死なないよ」と言えたが、

でも、いつかはいなくなることは確かだから、それも息子には納得ができなっかった

息子が大人になる頃にはもしかしたら、お母さんはいなくなってることがあっても、心の中にお母さんはいるから、今はアンパンマンが好きでも、大人になったらアンパンマンよりも今のお母さんみたいにニュースが見たくなる、それは心の中にお母さんがいて一緒に見たいなと思うからだよ、と話した

納得したよな、しないような。

それが、もっと助長すると今度は息子自身の命の限りについて不安を覚えていった。幼稚園が大好きで、特にとっても楽しかった日はいつも以上におはなしをしてくれるんだけど、急に落ち込んで(死んでしまうことを思い出す)ブルーになってって

そのたびに私は大丈夫!大丈夫!気のせい気のせい、と慰めていた

ほんとナイーブな息子ちゃんだった

私自身はどうか?

大学受験に失敗して予備校に通ってるとき

いつものホームでいつもの時間に電車を待つ自分がいつかはいなくなるのに、この頑張りが無になることに虚しさを感じたこともあった(まだ、生きてますが<笑>)

いつまでもいてくれると思ってた母との別れ、

闘病生活を3年ほど送り母は亡くなってしまったけど、

母との本当の別れは亡くなる三か月ほど前だったように思う

治療の後遺症で言動がおかしくなる時があって、私は泣きながら帰ったことがあった

ふくよかで、明かるく、快活だった母が、

すっかり痩せてしまって違った別の母になったのが辛かったのか、

もう私の知ってる母ではないと思ってしまった

大泣きしたのはその時だけだった

納棺師の話、

紫原さんは納棺師(亡くなった方の死化粧や傷ついた遺体の修復作業を行うこともある)の言葉を綴っている

「ご遺体というのは、人が誰も住まなくなった空き家のようなものだと感じるんです」

 

亡くなった家族や友人を、ふいにすぐそばに感じる時がある。

〝  大切な誰か〝

は必ずしも、その肉体の中にいるとは限らないかもしれない。

 

〝  この世にはいないけれど、ここにいる〝

と紫原さんは綴っている

 

この世にはいないけれど、ここにいる 

まさに、私の母がそうだと感じる

より近くに母を思う私がいつもいる